大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)933号 判決

原告 東洋火熱工業株式会社

被告 更生会社秋島建設株式会社管財人 池田徳治

主文

被告は原告に対し金六百五十七万二千四百五十円とこれに対する昭和三十一年十二月十三日以降完済までの年六分の金員を支払へ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金五十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は昭和三十年七月二十六日訴外秋島建設株式会社より報酬金九百八十万円と定めて佐渡島測候所追加管工事を、更に同年十月三日報酬金百二十五万円と定めて右工事の設計変更追加工事を請負つたが、その報酬金支払方法については、毎月末における工事出来高の六割宛を九十日後に支払ひ、残余は工事完了後九十日後に支払ふ旨を約したものである。

(二)  そこで原告は右請負工事を施行していたところ、昭和三十一年二月三日東京地方裁判所において秋島建設株式会社について会社更生手続開始の決定がなされ、被告は右更生会社の管財人に選任された。

(三)  ところで、右更生手続開始決定がなされた当時、原告の工事施行の状態は、請負工事中、滅菌器一式(クロロフイーダ二基)の据付工事が残つていて、未完了であり、他方原告に対する報酬金も一部の支払があつたのみである。

(四)  しかるに、被告は上叙管財人に選任された後、秋島建設株式会社と原告との間の(一)の工事請負契約を解除しないで、会社更生法第百三条第一項後段に規定する方法を選択して、昭和三十一年三月二十日頃原告に対し右未完成工事の続行を求めたので、原告はその求めに応じ前示残存工事を完成し同年四月五日右工事の引渡を了した。

(五)  であるから、その工事の報酬債権は会社更生法第二百八条第七号により共益債権として、更生手続外において支払を求める権利があるところ、

(六)  原告は工事請負報酬金の内金として数回に亘り合計四百四十六万円の支払を受けたのみである。尤も、その外に、原告の負担すべき材料運搬費一万七千五百五十円を秋島建設株式会社で立替支払つているので、原告は報酬金残額のうちから右立替額を控除し、残余の報酬金六百五十七万二千四百五十円とこれに対する約定支払期後の昭和三十一年十二月十三日以降完済までの商事法定率(原告も、秋島建設株式会社も共に株式会社であるから)による年六分の遅延損害金の支払を被告に求める次第である。

被告の抗弁のうち

(1)については、更生会社管財人が工事請負人に対し、残存工事の続行を求め、工事請負人がその求めに応じて工事を続行したときは、続行工事部分に対応する報酬債権ばかりでなく、続行前に施工した部分に対応する報酬債権も一体として共益債権となるものと解するのが一般である。又工事続行前に被告主張の(イ)乃至(ニ)の約束手形が原告宛に振出されたが、そのうち(イ)の手形金のみが支払済であること、被告が工事続行を求めた際、百五十万円を取り敢へず原告に支払ふことを約したことは認めるが、右百五十万円の支払約定は、原告に対する(ロ)乃至(ハ)の手形金の支払がないばかりか、支払のための約束手形すら振出していない分の工事報酬金の未払があるので、原告としては、少くとも百五十万円を支払つて呉れないならば、被告の工事続行の求めにも応じられないと申出た結果、被告において、原告の申出を是認し、取り敢へず、未払工事報酬金の内、百五十万円の支払を応諾した関係なのであつて、残存工事を、続行前の施工分と区別し、残存工事報酬金を百五十万円と協定した趣旨ではない。

残存工事続行後、被告よりその主張の如く合計金百二十万円の支払を受けたことは認める。この百二十万円と(イ)の手形金とを合計した四百四十六万円が、原告の(六)で、支払を受けたと述べたものである。

(2)の主張は争ふ

と述べ、

立証として甲第一第二号証、第三号証の一乃至三を提出し、証人衣川善吉、橘田辰雄の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中

(一)乃至(三)の事実は認める。

(四)のうち、原告が昭和三十一年四月、工事を完成して引渡を了したことは認めるが、その余の点は否認する。

(五)の主張は、これを争ふ

と述べ、

抗弁として

(1)  原告がその主張(三)で自陳しているように、秋島建設株式会社につき、更生手続開始決定がなされた当時、滅菌器一式(クロロフイーダ二基)の据付工事以外の原告の請負つた工事は完了していたのであるから、右完了工事部分の工事報酬債権は更生債権に属するものであるが、これに対しては秋島建設株式会社において、右報酬支払のため、原告に宛て、満期は何れも振出日より九十日後払とした(イ)振出日昭和三十年七月二十六日、金額三百二十六万円の約束手形一通(ロ)振出日同年九月九日金額二百四十三万六千四百五十円の約束手形一通、(ハ)振出日同年十月二十五日金額百万円の約束手形一通、(ニ)振出日同年十月二十七日金額百八十二万四千五百六十円の約束手形一通を振出していたが、(イ)の手形金だけが支払はれ、その他の手形に対しては未払のままの状態であつたところ、昭和三十一年三月二十三日、原告より上叙滅菌器据付工事の報酬金は従来四十二万円の定めであつたものを百五十万円にして欲しい旨の申出があつたので、被告は右申出を応諾し、滅菌器据付工事の報酬額百五十万円と改定して施工を求めたものであるからこの工事報酬債権だけが共益債権となるものであるが、この分の報酬として被告は原告に対し昭和三十一年六月三十日金五十万円を、同年七月三十一日金五十万円を、同年九月八日金二十万円を支払つたので、残余は三十万円に過ぎない。従つて原告が本訴において支払を求め得るのは、右三十万円だけであるから、本訴請求は過当であつて応じ難い。

(2)  仮に共益債権となるのは、滅菌器据付工事報酬債権のみに止まらず、工事全部についての報酬債権に及ぶものとしても、元来、滅菌器据付工事は秋島建設株式会社について更生手続開始決定前に完成すべかりしものを、原告の履行遅滞により右決定までに完成できなかつたもので、若し原告が、請負契約による債務の本旨に従つて施工したならば、前示決定までには完成していた筈であり、その場合工事報酬債権は当然更生債権となるべかりしものであるから、原告自身の債務不履行により更生手続開始決定前に完了できなかつたことを、却つて原告の利益に帰せしめるような主張は信義則に反し許さるべきではない。

と述べ、

立証として乙第一、第二号証の各一乃至四を提出し、証人森谷脩造の証言を援用し甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告主張の(一)乃至(三)の事実は本件当事者間に争がない。

ところで、成立に争のない甲第一第二号証並に証人衣川善吉、橘田辰雄の各証言を綜合すれば訴外秋島建設株式会社と原告との間に成立した佐渡島測候所追加管工事、その設計変更追加工事の請負契約は、その内容としては個々の部分的工事の集成であるが、全体として一つの工事として請負契約がなされたもので、本件係争の滅菌器据付工事もその一体の工事の一部であり、その完成なくしては、他の部分の工事による設備も、設備の完全な利用ができないものであることが認められる。

従つて秋島建設株式会社につき更正手続開始決定がなされた当時係争滅菌器の据付工事が未完成のまま残存していたことは本件当事者間に争がなく、しかも、すでに完成した工事部分について秋島建設株式会社の支払ふべき報酬金も一部のみが支払はれ、多額の未済額が残存していたことも被告の認めるところである。

元来会社更生法は財政的窮境にある株式会社の更生再建を図るため、更生手続開始決定を受けた会社については、その決定前に発生した同会社に対する債権を一応棚上げし、各債権者に平等な解決を期するため各債権者の抜けかけ的な請求権の行使を禁じているが、同法第百三条第一項は特に双務契約について双方共に未だ履行を完了していない場合は、その債権、債務の関係が必ずしも明瞭とも云へないし、その跡始末もつける必要があるので、その契約関係を解除によつて打切るか、又は契約関係を存続させて履行を相互に完了するか何れが有利かを管財人の処置に委ね、契約関係の結末を明瞭にすると共に、可及的に更生会社に有利な解決を企図したものであるが、他方更生会社の契約の相手方は、すでに履行した部分に対応する債権は更生債権として棚上げされるのに、自分の債務だけを管財人の一方的処置により履行を強要されるのは、私法上の当事者平等の原則に反し、権衡を失ふことになるので、管財人が、契約解除をしないで、相手方の残存債務の履行を求め、契約の続行を望んだときは、相手方の反対債権も全部更生債権として棚上げることなく、共益債権として更生手続以外にその行使をなし得るものと定めたものである。

本件において、原告が更生手続開始決定後に、係争滅菌器工事を完成し遅くとも昭和三十一年四月までに引渡を了し、被告もまた、更生手続外において三回に亘り合計百二十万円の報酬金を原告に支払つたことは本件当事者間に争がなく、右事実と証人衣川善吉、橘田辰雄の各証言とを綜合すれば、被告は秋島建設株式会社と原告との間の原告主張の(一)の請負契約につき、契約解除の方法に出ないで、契約続行の途を択び、係争滅菌器据付工事を求めたものであることを認めるに十分であるから、原告主張の(一)の請負報酬債権は全部共益債権となるものと解さざるを得ない。

被告は滅菌器据付工事のみを切離して、従前右工事報酬金が四十二万円の定めであつたのを百五十万円と改定して施工を求めたので、右百五十万円のみが共益債権となる旨抗争するけれども、この点に関する証人森谷脩三の証言は信用が措けないし、他に右の如く独立工事として改定したこれを認めるに足りる証拠がないばかりか、却つて証人衣川善吉、橘田辰雄の各証言によれば、秋島建設株式会社につき更生手続開始決定後、右更生会社の代表取締役等を通じ被告より原告に対し、滅菌器の据付をなし工事を完成して貰い度い旨の懇請があつたが、当時すでになされた工事部分に対応して支払はれる筈の報酬金は一部のみ支払はれ、多額(前示各証人の証言中未済額を七百七十余万円があつた旨の供述があるが、これは滅菌器据付工事完成後に支払はれる分を含むものであつて、そのまま鵜呑みにできないが、少くとも被告主張の(ロ)乃至(ニ)の手形金合計五百二十六万余円の未済があつたことは被告の認めるところである)の未済分が残存していたので、原告としては少くとも請負報酬金の内金として三百万円を支払つて呉れなければ、滅菌器据付工事施行を応諾できない旨申出た結果、交渉の末被告承諾の下に内金百五十万円を取り敢へず被告から支払ふこととし、原告において漸く滅菌器据付工事施行を応諾したものであつて、右工事を従前施工済の工事と切離し、この工事の報酬を百五十万円と協定したものでないことが認められるので、この点についての被告の抗弁は採用の限りではない。

次に(2) の抗弁について判断する。係争滅菌器据付工事は若し原告が履行遅滞をしなかつたから、当然、その工事は更生手続開始決定前に完成し、全工事の報酬債権は更生債権となるべきものであるから、履行遅滞が遅滞者の利益に帰するような主張は許されない旨主張するが、会社更生法第百三条第一項は双務契約の当事者双方の債務が相互に未済の状態にあることのみを理由とし、その未済原因についてはこれを問はず、管財人の裁量にまかせているのみならず、仮に本件滅菌器据付工事が、原告の履行遅滞の結果、更生手続開始決定前に完成しなかつたものとしても、秋島建設株式会社においても右決定前に支払うべき報酬債務を支払はず、履行遅滞の責があつたことは被告の主張自体により明であるところ、双務契約において、自己の債務の履行遅滞を棚上げして、相手方の履行遅滞のみをとがめることは、信義公平の点よりみて到底是認できないものであり、以上何れにしても被告の(1) の抗弁は採るに足らないものである。

さて、原告が昭和三十一年四月までに滅菌器据付工事を竣工して引渡を了し、従つて右引渡により原告がその主張の(一)の請負契約による全債務を履行し終つたことは被告の肯認するところであるから、原告は報酬として約定額合計千五百万円よりすでに支払を受けた(イ)の手形金に相当する三百二十六万円と控除を自陳する立替金額に相当する一万七千五百五十円と、被告より三回に亘り支払はれた合計百二十万円とを控除した残余の六百五十七万二千四百五十円の報酬金とこれに対する全工事完了後九十日経過後の昭和三十一年十二月十三日以降完済までの商事法定率(原告は会社であるから)による年六分の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき(無担保申立部分は不相当と認め、こゝにその申立を棄却するが)同法第百六十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例